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ワンドロ加筆(1/33)

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「ねぇちょっと」 そう言って二つ下の弟が俺の手を引く。 夕方も過ぎたこの時間、兄弟たちはとうに銭湯に向かったようで家の中にある気配といえば母と父、それから俺達2人。 普段布団が収納されている押入れのポッカリとした隙間に俺たち2人は入っていた。 「どうした?一松」 「んー、ちょっと。」 先んじておいてあったのか、俺の服を掴む手と反対の手にはいつぞや作った弟の友人(いや、ネコだが)のぬいぐるみが抱えられている。 「んー?」 成人男性2人が入るには少し狭い押入れ。 居間にいる時のように三角座りで俺の腕を離さない弟はなにも言わない。 ただ離れたくない、話したくないと言わんばかりに掴まれた腕だけが熱を持つ。 (おおかた、昼間に入った路地裏か道路で、よくないものを見たのだろう) 悲しいことや辛いことがあると、どうにも誰かに縋ってしまいたくなるこの真面目な弟はどうやら今宵の頼り先を自分に定めたらしい。 寄り添うように隣に座って、頭同士をコツンとぶつける。 「一松、腕掴んでるだけでいいのか?手を繋がないか?」 普段通り、意地っ張りな弟にこうも言おうものならきっと拳が飛んでくるけど、今日は素直に甘える気分だったようできゅむり、と指を絡めるように、確かめるように手を繋がれる。 短めに切られた爪はネコ化すれば鋭いものに変わるが、今は可愛いものだ。 こちらも確かめるように親指でそっと手の甲を撫ぜる。 ピクリと震える肩とぶわりと上がる体温。 それでも手を離されないことに安堵して囁くように声をかける。 「悲しいことがあったのか?」 「...うん、そう。...あのね、仲良かった子が、最近いなくって。探してたんだ」 「うん」 「そしたら、神社のとこ、初詣で行くとこ。あそこで、1人で冷たくなってたの、見つけて」 「仲の良いものに、死に様は見せないっていうもんな。」 「わかってたんだけど、悲しくなっちゃって」 「そうか。」 「住職さんにお願いして、埋めてもらったんだけど...やっぱり、しんどくて」 「うん、頑張ったな。」 気づけば普段眠たげに伏せられた瞳からポロポロと滴が落ちていた。 宥めるように繋いだ手はそのままに身体を弟に向けてその涙を抑えるように自身の肩口に頭を誘導する。 髪を柔く撫でていれば、抱いていたぬいぐるみを膝に、いつのまにか縋るように腕を背にまわされて。 「一松、お疲れ様。猫ちゃんはきっと幸せだったよ。お前が送ってくれたんだから」 「うん...からまつ」 ズビ、と鼻を啜る音と引きつる喉、わずかに暖かくなる肩。 不謹慎だけれど、少し嬉しかった。 頼りになるおそ松や宥め上手なチョロ松、一緒に泣いてくれるであろう十四松や何も言わずに寄り添うトド松ではなく、普段不仲と言われがちな俺を頼ってくれたことが、嬉しかった。 口に出すわけないはいかないこの秘密をこの弟はどう思うのだろう。 俺は正しく兄を演じられているのだろうか? むしろ、上手くできたからこそこの弟が縋ってくれているのではないか。 「誰もいないから、こうすれば俺も見えないから。いっぱい泣いてしまえばいい。」 そうしたら、きっといつもどおり。 俺が変な見栄を張って、お前が変な意地を張って。 少し歪だけれど、普通の兄弟に見えるよう頑張るから。 だから、もう少しだけ。 この秘密の空間で、その柔らかい声で、名前を呼んで。

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