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悪牧06 アセティシズム〈下の途中まで〉

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 その日からまたトゥイークは一歩引いた感じになって、恒例のキス以上のことはして来なくなった。おれのオナ禁も続いていたが、夢の内容は大して進展しなかった。  そして金曜日、早朝礼拝を終えてから、問題のアニマルシェルターに向かうことになった。  アニマルシェルターは最寄りのバス停からもけっこう歩くようだった。  高校生のとき乗ってた原付、おれが大学で家を離れてからは母が買い物に使ったりしてたらしいが、久々に乗るのちょっと緊張する。 「トゥイーク」  どうせついて来るんだろう、と思って呼んでみたが、トゥイークはいってらしゃいと手を振った。  え、来ないのか。来ないのかとおれの方から聞き返すのもどうなんだと思って、う、あ、行ってきます、と言ってエンジンをかけた。  いや、別におれはいいんだ。あいつが居なくても。あいつの方が、ほら。定期的な生気の補充とかが必要なんじゃないかってだけで。  おれがついて来るなって言ってもついて来るんじゃないかと思ってたけど。おやおやぁ?  なんでこんな動揺してるんだ。運転に集中。道順自体は簡単だから頭に入ってる。  国道をずっと東へ行って、変なラブホテルがある側道に入ってカーブを道なりに進む。ガソリンスタンドを左折して操車場の近く。  緑色のフェンスに囲まれた空き地……犬がいる。原付のアクセルを緩める。平屋建ての建物が事務所だろう。地面にロープで区切りが付けられた一角が駐車場だろう。原付のエンジンを切ってスタンドを立てる。  ヘルメットをシートの下に入れて、事務所のドアホンを鳴らす。中から複数の犬の鳴き声がする。 『はいぃ?』 「ボランティアの見学に来た[[rb:立川 > たちかわ]]です。えっと、[[rb:外間 > とのま]]さんと約束を」 『んぁ、ぼ・しさんとこの。ど・どうぞ。げ・げん・ん、開いてるので』  返答は犬のコーラスに乗って聞きづらかった。  玄関ドアのノブには犬のおもちゃみたいなフェルトのロープが括りつけられていた。引いたドアは玄関のものにしては軽かった。  土足のままでいいのか。中に入るとすぐに次のドア。大きい窓がついてて室内が見える。 「ど・どうぞー。入って」  と部屋の中から声を掛けられる。 「失礼します」  ドアを押して開けて締める。今度は内側にフェルトのロープ。  二つの向かい合ったデスクの向こうに、こちらに向かって据えられた上座の席に小柄な男性が座っている。  両方の壁際にはいくつもサークルが並べられていて、その中の何頭かがまだコーラスしている。 「外間さん? ですか」 「いや、いやいや、ボ・ボクにドッグトトレーナーは無理だよ」  つっかえながら話す男性が立ち上がって前に出てくる。両腕に杖を装着して体を支えていた。 「だ・代表のな・[[rb:鳴沢 > なるさわ]]です。トノ・トノマはグランドに。レックス、ド・ドアオープン」  鳴沢さんが声を掛けると、デスクの下からグレーの毛並みの大型犬が出て来た、部屋の奥にあるドアについているフェルトのロープを引っ張ってドアを開けた。このためのロープだったのか。 「クッ、クラー!」  ドアから少し身を乗り出して鳴沢さんが叫ぶ。 「ぅ、すぐ、来ます」  そう言うと鳴沢さんはまた椅子に戻った。レックスと呼ばれた犬もするっとデスクの後ろに入って行った。 「お待たせしましたー」  体格のいい男が、レックスの開けたドアから入ってくる。一緒に二頭、犬も入ってくる。 「あれ? あなたが、牧師さんの息子さん?」  おれを見てちょっと意外そうな顔をする。 「あー、養子なんですよ」  おれが言うと、あ、そうなんですねー、と軽く言われた。 「外間ですー。今日はおれと鳴沢だけなんですよ。よろしくお願いします。あ、そっちのブースで座って待っててください」  外間さんがこっちにずんずん近づきながら、玄関側のドアのすぐ横のパーテーションで仕切られた場所を手で示す。 「ああ、はい」  そちらに異動しようとすると、外間さんと一緒に部屋に入ってきた二頭の犬がおれの足元まで来ていた。 「うわ」  足が当たりそうになるのをなんとか踏みとどまる。 「大丈夫です?」  小さい水のペットボトル持ってそばまで来た外間さんが心配そうにおれを見る。 「大丈夫です」  おれに蹴られそうになった犬はなにも気にしていないように、おれの足元から股の方に鼻面を異動させながらフンフン匂いを嗅いでくる。 「牧師さんとこ、なにか動物飼ってます?」  興味深そうに尋ねられて、一瞬トゥイークのことが頭をよぎる。あれは動物に含まれるのだろうか。匂いとかあるんだろうか。入浴拒否してるけど、臭いと思ったことはない気がする。 「いや、飼って……ないです」 「そうですかー、あ、動物よりあれか。家庭菜園。あれすごいですね。あ、どうぞ座ってください」  あー! 見られてるんだ、SNS! 「う、食べ盛りの弟がいるもんで」 「へえ、弟さんのために。優しい兄ちゃんっすね」  トゥイークのためというか、自分が襲われないためでもあるけど。 「お水どうぞ、人手がなくてコップ洗うのとか手間なんでペットボトルのままで申し訳ないですけど」 「いや、そんな、頂きます」  席について水を一口飲むことには、チェックが終わったらしく、犬たちは外間さんの方に戻っていた。 「土日はね、けっこう手伝いに来てくれる方いるんですけど、平日はこんな感じのこと多いですね」  外間さんはバツが悪そうに笑う。 「犬の声の問題とかもあるから、民家から離れた立地にしたら交通の便も悪くてね。あ、牧師さんは今日は車ですか?」  おれは牧師じゃなくて伝道師なんだけど、教会員でもない人にわざわざ訂正するのも面倒くさいのでそのまま流しておく。 「立川でいいですよ。ここでは仕事関係ないですし。今日は原付で来ました」 「あー、それで荷物少なめ。この後、案内しますけど、貴重品だけ持ってーって、貴重品以外のもの持ってない感じですよね」 「そうですね。これくらいの荷物なら持ち歩いてて大丈夫ですか?」 「あー、まあ、今は飛びついてカバン噛むような子いないから大丈夫かな。実際来てもらうようになったら必要に応じてロッカー使って貰えれば」 「その子たちは?」 「あー、この子らも元保護犬だけど、訓練が良く入ったからセラピー犬として働いて貰ってんの。お父さんと会ったときの施設訪問にも連れてってたよ」 「あの、鳴沢さんのそばにいる子は?」 「あー、レックスは介助犬だね。鳴沢がああだから、ドア空けたりとか、物を取ってきたりとか、後、靴脱がせたり」 「み・水のお代わり持って行かそうか?」  奥から鳴沢さんが大きい声で言う。 「いーや、いいよ! よだれでべちゃべちゃになるし!」  外間さんは笑って言い返すと、こっちには小声で 「鳴沢はレックスが賢いとこ人に見せたいんだよ」  と肩をすくめた。  それから建物内の案内をしてもらった。おれにやってもらいたいのは、犬のトイレの始末やご飯の用意、ブラッシングなどの簡単な手入れ、電話番(人手が足りないので外部とのやりとりはなるべくメールで行っているけど、それでも電話がかかってくることもあるとのこと)、外間さんが外部向けにやってるしつけ教室の手伝い等など。 「どう大丈夫そう?」  伺うように少し眉を潜めて外間さんが聞いてくる。 「ああ、はい、大丈夫です。月曜以外の平日で、週二日くらい来れます」  本当は週3くらい行けるけど、少なめに言っとく。 「おお、ありがとう。平日助かるよ。役員は鳴沢とおれと、後、獣医の黒田ってのが居て基本的には月曜と木曜、週二で来てくれてる。そだな、黒田紹介したいし、来週は火曜と木曜来れる?」  ぱっと表情を明るくして外間さんが言う。おれはスマホのカレンダーアプリを取り出して、火曜と木曜に予定を入れながら「大丈夫です」と答える。  それから改めてボランティアの仕事の内容の規約の書かれた用紙に目を通して、ボランティアの登録用紙を記載して外間さんに提出した。 「今日も、なにか手伝えることあったら、手伝いますよ。そのつもりで時間とって来たので」  顔を上げて言うと、外間さんはさらに顔を輝かせる。 「じゃあ、犬の散歩お願いしていいかな。外に出さないとうんこしないやつがいるんだ! 犬の散歩とかしたことある?」 「いや、ないですね。すみません、こんなんで手伝いとか」 「全然、全然。教えるから」  外間さんは気安く言いながら、壁掛けから水のペットボトルの入ったショルダーバッグとリードの付いたハーネスを外した。 「これお散歩バッグ。水と、うんち袋とおやつが入ってる」  と手渡されたので、とりあえず斜めかけにする。  外間さんはハーネスを持って、ずんぐりむっくりした黒い小型犬のケージの前に行った。 「この子、あかふくくん」  あかふくと呼ばれた犬は待ちきれないようにずしずしとケージの扉に頭を擦りつけている。  外間さんはケージの扉の前にハーネスを垂らす。 「このハーネスね、まずこの色の違うとこに犬の頭を通して」  言いながら扉を開くと、勢いよくあかふくくんが出てきて、それと同時にハーネスに首を通されている。 「余ってるここをお腹でパチンね」  そう言ったときにはもうあかふくくんにハーネスが装着されていた。は・はやい。 「この子には念のためにカラーにもリードつけて二本でね」  はい、と二本のリードを手渡される。おおう。 「左に付くように教えてるから右手に輪っか通して左手で短く持って」  あれよあれよとリードを持たされる。その間にもあかふくくんは全身を使ってグランドに続くドアを目指そうとする。 「カラーの方のリードは保険だからちょっとだけ緩めといて、基本ハーネスで止めて」  外間さんが先に歩いて、ドアの前で待ってくれる。あかふくくんに引っ張られるようにしてそちらに向かう。 「あかふくくん、おすわり」  外間さんが言うと、ハアハア言いながらもあかふくくんがドアの前で座る。 「はいどうぞー」  と外間さんがドアを開けると、あかふくくんはすぐに立ち上がって外に出た。 「うわっ」  思わず声を出す。あかふくくんがぎゃんぎゃんと吠える。 「え、なに。どうした」  外間さんも出てくる。 「いや、なんも」  と答える。が、獣姿のトゥイークが居た。あかふくくんはトゥイークの方を見て吠えてるような。 「あかふくくん、どしたー。ノラネコかイタチかなんか居たのかな」  あ、やっぱり外間さんには見えてないんだ。  トゥイーク、なんでここ、え、いつから。  あかふくくんはひとしきり吠えると、トゥイークの方を警戒するようにちらちら見ながら、避けるようにグランドのフェンスの方に小走りに向かって行った。  この子、うんこ我慢してんだった。トゥイークに離れてて、と手で合図して、あかふくくんについていくと、あかふくくんは急に立ち止まって踏ん張りだした。 「うわ」 「大丈夫。出しきってから拾おう」  後ろから外間さんに声をかけられる。  あかふくくんは体の割に大きなうんこを出し切ると、後ろ足で砂を蹴った。この動作、本当にするだな。 「バッグの中にうんち袋あるでしょ。それで掴んでクルンと……できる?」  最後ちょっと心配そうに言われて、え? となる。あ、ビニール袋越しとは言え、初対面の犬のうんこを掴めるかってこと? 「あ、いけます」  ビニール袋に手を突っ込んで、あかふくくんのうんこを掴むと暖かかった。なんというかこれが命の尊さか、と思った。  ビニール袋の口をしばって、いったんバッグの中に仕舞う。 「事務所の裏にうんちとかトイレシート用のゴミ箱あるから」  外間さんに言われてついて行こうとすると、ぐいっと抵抗がかかる。あかふくくんがなんか突っ張ってる。 「あー、名前呼んであげて。ツイテって言って」 「あ、あかふくくん、ツイテ?」  おれが言うと、あかふくくんの突っ張りは少し緩んだけど、ついては来ない。 「あーかふくーっ、おいでっ」  外間さんが呼ぶと、ととととと、とあかふくくんはおれを追い越して外間さんの方に行った。く、舐められとる。しかも、トゥイークにも見られただろ。  かばんからうんち袋を取り出して90リットルくらいの大きなゴミ箱の蓋を開けて捨てる。もう半分くらい埋まっていた。 「もー、このゴミ箱もすぐいっぱいになんのよ」  苦笑いで外間さんが言う。 「じゃあ、戻ろうか」 「え、もうですか」 「うん、暑いから、あかふくくんがバテてちゃう。鼻の短い犬は暑さに弱いんだよ」  たしかに、なんかハヒハヒ息が荒い。  建物の中に戻るときに、トゥイークもぬるっと中に入ってきた。そう言えばこいつ、鍵とかほいほい開ける癖に壁抜けとかはできないんだよな。  そもそも家に置いてきたのになんでここに居るんだとか、問い詰めたいけど、人前ではしゃべれん!  トゥイークのことは無視してあかふくくんを元のケージに戻そうとすると、周りの犬たちもトゥイークの方にわーわー吠える。 「あれ、なんだろ。さっきは大丈夫だったのにね」  と外間さんも首を傾げる。さっき居なかった奴がいるんですわ。  セラピー犬の二頭と、鳴沢さんの介助犬のレックスはさすがと言うか、吠えない。  吠えられてもトゥイークが反応しないせいか、次第に犬たちも落ち着いていった。 「すいません、外間さん、トイレ借りていいですか」 「あ、いいよ。ここ出て右の突き当り」 「ありがとうございます」  部屋のドアをゆっくりと開けると、トゥイークが一緒に出てくる。  部屋を出て右を向くと、隣に「処置室」という札の貼られたドアがあってその奥の突き当りに男女のトイレのピクトグラムの貼られたドアがあった。  ドアを開けると小さな洗面台があり、そこから男用・女用のドアが分かれている。  狭い洗面スペースにトゥイークが納まるのを待ってドアを閉める。トゥイークの羽が壁に押されてたわんでいる。 「なんで居んのおまえ」  小声で叱責しても、んー、とトゥイークはでこをぶつけてくる。 「結局来るなら、一緒に来ればよかったじゃん」 「単車について行くのしんどい。空気の抵抗大きいし」  鼻をほっぺたに擦りつけられる。空気の抵抗。羽か。 「キミが居るところになら、直接飛べるし」  直接飛ぶとは。瞬間移動的なことか? 「家のトイレよりどきどきしてるね。もう、生気が流れ込んでくる」  首筋の辺りですうっとトゥイークが息を吸い込む。 「やめ、こんなとこで」 「ん、ちょっとだけキスさせて」  あああああ。 「ちょっとだけな」 「ん」  唇が触れるより先に舌が入ってくる。ああ、こんな、生き物への善意で成り立ってる場所でおれは獣に流されて……。後ろめたさで余計興奮するっ! だめだ! 「お・おわり」  ぐいっとトゥイークを押しのける。トゥイークは不服そうな顔をしながらも顔を離した。狭くて、距離が取れない。 「おれ、しっこ」  後ろの男用のドアを開ける。男用って言っても普通に洋式便器があるだけだ。座ってした方がいいよな。

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