えっちな青ずきんくん04〈ピンクムーン〉
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雪が解けた頃に、森で離脱した鹿の角を拾った。今までも雄鹿を仕留めたときに角を切って売りに行ったりしたけど、拾ったのは初めてだった。
なんか、仕留めたときよりも嬉しいのなんだろう。
角を売りに道具屋に持って行くと、
「今日は一本? 底がざらざらしてるね」
と言われた。
「それ、自然に落ちたの見つけたんですよ。いつも持ってくるのは仕留めたやつで、頭から切ってるから二本で、底がつるつるだけど」
「へえ、鹿、角が生え変わるんだね」
「そうですね。春ごろに新しいのが生えて来て……角の枝分かれの数で年齢がわかるんですよね」
「そういや、昔中国と商売してたってやつが、生えたての鹿の角は中国では薬として高値で売れるって言ってたわ。あれ、子鹿のだけかと思ってたけど、生え変わるなら大人の鹿でもいいのか」
角をくるくると回しながら道具屋の主人が言う。
秋以降の固くなった角はこうやって道具屋に売れたりするけど、春や夏の柔らかい角に使い道はないと思ってた。まあ、薬と言ったって、中国のそういう薬をこの辺りの誰かが作れるってわけでもないだろうしな。
「へえ、知らなかった。なにに効くんだろ」
大して興味もなかったけど、世間話として会話を継いでみると、道具屋の主人はにやっと笑って、
「こうだってよ」
と鹿の角を自分の股間に当てて下向きから上向きに動かして見せた。はっ!?
「まあ、与太かも知れねえけどな」
がははと笑って道具屋の主人は僕の背中をバシバシ叩いた。
その話を聞いてから、ことの真偽を確かめたいという好奇心がむくむくと育って来ていた。
一月の誕生日のときからしばらく、クレイグの性欲は旺盛だった。オオカミの発情期らしい。それがどのくらいクレイグたちにも影響があることなのかわからないけど。あれから五回、トゥイークに抱かれた。その三倍以上こっちが抱いてるし、なに数えてんだって思うけど、そのうち三回は満月だった。つまり、あれから満月毎ってことだけど。
僕が抱かれるようになる前から、満月のときのクレイグは激しかったけど、こっちが受ける側になるとなおさらそれを感じる。でもあれが本当のクレイグなのかも知れない。
別にああいう風に求められることが嫌っていうわけじゃない。回数を重ねる毎にどんどん気持ち良くなって来てる。
自分でもほんと、つまんない意地だなって思うんだけど……、また満月にクレイグを抱きたい。
でも、いざ満月になると、クレイグの迫力に圧し負けちゃうから……もし、鹿の角に効果があるんなら、試したい。
燻製のストックはまだあるし、新しい注文が入ったわけでもないから、猟に行くタイミングとしては早いけど、次の満月と、鹿の角の生えてくる時期を考えたら、そんなに余裕はない。
銃の手入れをしていたら
「トゥイーク、なにかあった?」
とクレイグが隣に座ってくる。今は、満月に向かって行く時期だから甘えん坊なんだ。それに、感覚も鋭敏になってる。
「んー、ないよー」
「ほんと?」
ちょっと疑ってるみたいに顔を覗き込んでくる。
「……猟に、行きたいかなーって」
そこは隠さなくていいか、と思って打ち明ける。
「猟? もう?」
クレイグが首を傾げる。そうなるか。
「ん、まあ、満月も、近いし、ね」
僕らはタッカー家の離れに住んでるけど、たまに泊まり込みの猟で森の家に行って行為に耽ることがある。
「あっ、うん」
クレイグの声が少し上ずる。かわいい。たまんないな。銃の部品から手を離す。
それでも手が汚れているから顔だけクレイグに向ける。そうすると、クレイグも顔を寄せてくる。そしてキスする。柔らかくて温かい、最高のキス。
ちゅっちゅと音を立ててキスをして、ゆっくり離す。
「きょうは?」
うっとりとクレイグが言う。
「……きみが受け入れてくれるなら」
「もちろん」
クレイグが僕の膝に手をのせる。
「手を洗ってくる」
立ち上がってクレイグの額に口づける。
「じゃあ、おれも、洗って来る」
ちょっとはにかみながらクレイグが言う。胸がぎゅっとなる。
「ん、ベッドで待ってる」
クレイグがバスルームに行くのを見送ってから、手を洗う。クレイグに触れる手だ。
その夜のクレイグも最高だった。僕の動きをすっかり覚えてしまったみたいに呼吸が合って、まるでダンスしてるかのように近づいては離れて、求め合って、絡み合いながら溶け落ちる。昇りつめた熱さを労わり合いながら落ち着かせて、また明日に備えて眠る。
満ち足りて幸せ。それなのに、まだもっとって思うのは貪婪過ぎるだろうか。
自分で言うのもなんだけど、クレイグに出会うまでの僕はかなり不幸せだった気がするから、今ある幸せを深堀りしても罰は当たらないと思う。
結局、トーマスさんに許可を取って、満月の日にクレイグと二人、森の家で泊まり込むことにした。
春の鹿やイノシシは秋や冬ほど脂がのってないけど、その分、臭みが少ない。
いつものように夕方、森の家について、クレイグはそわそわしていたけど、日の出が早くなってる分、朝早く出かけないといけないから、と言って、その日はセックスしなかった。その代わり、時間をかけて料理を作って、クレイグにいっぱい食べさせてから眠らせた。
どうせするなら、鹿の角を試してからしたい。
猟で森の小屋に泊まるときは、だいたいクレイグの方が先に起きる。気が立ってるのかも知れない。
「今日は何狙う?」
準備運動をしながらクレイグが僕を見る。
「鹿の、オス」
そうリクエストを伝えるときも、ドキドキしていた。下心を隠したまま、何も知らないクレイグに、オスの鹿を探させるだなんて。
「オス? オスがいいの?」
「ん、その、革もたくさん取れるし。大人の、オスがいい」
性別まで指定するの、やっぱり不自然かな。今は繁殖期じゃないから、大人のオスは群れから離れている場合が多い。
「んー、わかった。やってみるね」
クレイグは深呼吸してから、少し身をかがめて歩き始める。
僕も、猟をするときは、動物の足跡や、角や牙を木の幹に擦り付けた痕、糞なんかを探して動くけど、クレイグには僕には感じ取れない匂いの情報も追えるらしい。
邪魔しないように少し離れて後ろからついて行く。
遠くに何匹か鹿がいるのが見えた。この時期、オスも角が短いから、遠目では雌雄の区別が付きにくいけど……クレイグが頭を横に振る。オスは居ないらしい。オスと指定してなければ、あそこの群れのどれかを撃てばいい話なんだけど……。
自分の欲のためにクレイグに苦労させて申し訳ない。
もうしばらく行ったところで、クレイグが片手を上げたので止まる。視線の先に一頭でいる鹿が見える。群れから外れていること、体の大きさからしてもオスみたいだ。角は出てきてるか?
クレイグが振り向いて、「行く?」と声に出さずに口を動かす。辺りを見回す。ちょうどいい場所に銃身を委託できそうな木の股がある。鹿から見ても風下だ。
僕は、木を指さして、クレイグを手招きする。クレイグは身を低くしたまま僕と一緒に木の後ろに回る。
幹に体を隠しながら、膝をついて銃を構える。この距離なら射程。クレイグに追わせて走らせるより、下草を食べてるところを狙って撃つ方がいいだろう。頭が草むらに入ってて狙いにくい。それに、角のこともあるしな。
心臓……肩を狙えば倒れるだろう。内臓は傷つけたくない。
肩に狙いを付けて一発。当たった。鹿が跳ね上がる。即死はしないな。胸にもう一発、よし。鹿がよろめいて倒れる。
クレイグが立ち上がって鹿の方へ行く。腰に下げたナイフを抜いてる。
僕も撃鉄をおろしてクレイグの後を追う。
「内臓無事? 心臓は?」
内臓が破れてると、肉が汚染されるし、心臓が止まってると血抜きがし辛い。聞いている間にもクレイグは頸動脈を切って、腹を開いている。
「内臓は大丈夫。心臓は弾が命中してるから……もう止まっちゃうね」
近くで見ると結構でかい。角は、こんもりと膨らんでいた。これが……。
「沢で吊るす方がいいね。僕、内臓出しとくから、ストライプ連れてきてくれる?」
僕よりクレイグの方が速い。
「ん、わかった」
クレイグは僕にナイフを渡して、森の家の方に向かって走り出す。肛門周りを切り取って、内臓を傷つけないように肉から外していく。
クレイグが去っていった方を確認する。今がチャンス。
産毛の生えた、まだ枝分かれもしていない角をつかむ。柔らかい……。根本にナイフをあてると、思ったよりも簡単に取り外せた。切り口は赤いけど、血は流れてこないのでそのまま皮袋に入れる。もう一本も。ほんのりとした罪悪感が……。
「トゥイークー! ストライプ連れてきたー!」
まだ大分離れてるけど、ストライプに乗ったクレイグが叫んでる。
「ありがとう! こっちも内臓は取り出せたから!」
角の入った革袋に、肝臓も入れてから、口を締めて腰につるす。クレイグとストライプが来る前に、鹿の後ろ足をしっかり縛る。
クレイグがストライプから下りて手伝いに来てくれる。
「それ肝臓?」
膨らんだ革袋のことを言われてギクッとする。
「んっ、そう!」
「心臓は駄目だね。もったいなかった」
クレイグが惜しそうにしながら内臓を土に埋める。
ストライプが牽いてきたカートに鹿を載せて、沢まで運んで、頸動脈を切った首が下になるようにして流れにさらしておく。
沢の水でカートに付いた血と泥を落としてから森の家まで戻る。
いつもの段取りで、クレイグが洗濯を、僕がストライプの世話と、朝食の準備をする。革袋から肝臓と角を取り出す。クレイグが戻ってくる前に、ともかく角を食べてしまわないと!
生えたての角にはうっすらと産毛が生えているので、これを火であぶって焼き切ってから、スライスしていく。先端は柔らかかったけど、下の方に行くに従って固くなっている。とりあえず、キッチンナイフで切れるとこまで切ってしまう。味はどうでもいいから、とにかく急いで塩胡椒してフライパンで焼く。
角を焼いてる間に肝臓の処理もする。肝臓を切ってると、フライパンの方からいい匂いがしてくる。キッチンナイフを置いて、角を裏返す。少し焼き目がついている。口の中に唾液が沸く。残りの肝臓を切り終わったところで、フライパンの様子を見る。両面、いい感じに焼けてる。試しに一つ口に入れる。
覚悟してた臭みもほとんどなく、なんならうまい。コリコリしてて歯ごたえもいい。パクパクと食べて、クレイグにも食べさせたい、と思ったが、それじゃ本末転倒だ。クレイグに対抗するためにやってんのに。それに、どういう効果があるかもわからないしな。
とりあえずフライパンに並べた分を食べきって、後はクレイグに怪しまれないようにいつも通りに肝臓を焼く。
「洗濯終わったー」
クレイグが戻ってくる。それだけでドキッとする。後ろめたさが。
「あれ?」
クレイグが鼻を鳴らして近づいてくる。身長はもうさほど変わらないし、体の厚みとかでいうとクレイグの方があるので、ずんずん来られると圧迫感がある。
すうっと髪を撫でられる。
「な・に?」
「ん。なんか、髪の毛焦げたみたいな匂いしたから」
あっ! 角の産毛焼いたからか!
「ぬ・抜け毛が! 火に入っちゃっただけで、大丈夫だよ!!」
不自然に声が大きくなってしまった。
「……そう?」
クレイグの指が、でもまだ、僕の後頭部を漉いている。撫でるというよりは、指先で愛撫されてるみたいな……。
「ふゎ、あ、肝臓、早くしないと、傷むから」
僕が身を躱すと、クレイグは、ああ、と手を離して
「ショートパスタ持ってきたから、スープ作るよ」
と家から持ってきた食材の袋を開く。まだドキドキしてる。そんなに動揺するほどの罪悪感?
肝臓のジャーキーにする分をオーブンに入れて、すぐ食べる分をフライパンで焼く。クレイグは鍋でショートパスタとアスパラガスと乾燥トマトの入ったスープを作ってくれた。
二人で食卓に着く。今日は満月だ。この後、まず間違いなくセックスする。
問題は、今日はどっちなんだってこと。
クレイグの誕生日が来るまでは、こんな悩みなんかなくて……悩みって言うほどのもんでもないか。けど、それまでなら、食事が終わったらクレイグは「もう準備したから」なんてはにかんでくれることだってあった。いや、まあ、今でもあるけどね。満月以外は。
僕の場合、それはないんだよな。自分から率先してそっちやるために準備するっていうのは。
クレイグに、お願いされて、いやいややってるわけじゃないし、求められる嬉しさもあるにはあるけどさ。自分から、今日は抱かれるつもりですっていうのは……ない。
今、クレイグが、準備済みでないとしても、僕を抱きたいと言ったとしても、絶対に、今日は、僕が……。
「トゥイーク? 聞いてる?」
「きょっ、きょうはぼくがだきたいっ!!」
……僕は今なにを……。クレイグが目をまん丸にしてる。それから、にやっと笑う。
「聞いてなかったね。なに考えてたの」
どっと汗が出る。
「ごめん。なんの話だっけ?」
「だから、トリシアが……いや、いいや」
クレイグが薄く笑って頭を振る。心臓の音がどんどん速くなる。
「ごめっ、ちゃんと聞くから、クレイグっ」
きみとのどんな些細なこともないがしろにした訳では……!
「いーんだって」
クレイグはスープを一気に飲み干すと、立ち上がってテーブル越しに僕の前髪に触る。
「残りは後で食べよ。準備してくる」
「あ、いっ」
僕、もう勃起してる……。
「待ってて」
と頬を紅潮させて、クレイグは保温プレートに置いてたケトルから浣腸器にお湯を入れて外のトイレに行った。