和製悪牧08の途中まで
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超厚かましいことを言うならば、おれ、「天使」だったのかも知れない。いや、おれ、というか、クレイグが、だけど。
「天使」と言う言葉が合っているのかわからないけど、ウェンディと同じ者、というか。ウェンディも、今まで持ってた「天使」のイメージとは違うしな。
天から地に落とされた者。天の階を上ることを禁じられた者。つまり、元は天に居た者。
トゥイークは、昔も今も、ウェンディが言うところの「悪魔」だろ。おれからしたら、そんな大層なもんには思えないんだけど……いや、だいぶ堕落させられてるのか、おれが。
自分から、フェラしてしまったし……。あああああああああ!! あんときはあの異形ちんこを愛しく思ってしまったのだ!
ここまで来たらもう、おれがトゥイークのことを憎からず思っていることは認めねばなるまい。むしろ、そうでないのにフェラしてたらとんだ淫乱野郎ってことになってしまう。それは牧師としてどうかと思う。
まあおれがトゥイークを好きなんはいいとして、トゥイークはどうなんだ。散々エロいことをされて来たけど、あいつにとっては食事のようなものだし、でも保護施設の人とか犬とかにまで焼きもち焼いてたみたいだし。
あれから、週2回のボランティアの日は、スキンシップが多くなった。肉体労働が多くて疲れるのもあるし、トゥイークにキスされてるときにけつのモフモフを触ると癒される。
夜に部屋で二人でいるときとかにキスされると、なんか甘い雰囲気になるというか……。はっきり言ってセックスまで秒読みでは? と思うのだが、今まで諸々の行為に際して強引にきてたトゥイークが、最近キス以上のことをしてこようとしないんだよな。
なんかあれか。おれがウェルカムになってしまったことで、キスだけで十分な生気を発してしまっているってことなんだろうか。
もしそれが原因なら、トゥイークにとってやっぱりおれとキスすることも食事に過ぎないってことだろうか。
そんなこんなで悶々とした日々を送り、持て余した性欲はもっぱらオナニーで発散してるわけだが、あの一件依頼、会陰オナニーにハマってしまっている。
あれからも何度かクレイグの夢を見た。大人のトゥイークとやってる夢。あの夢を見ると、今のおれにはない部位が疼く感じがするのだ。
あー、くっそ、後ろの穴でいいからおれも入れられてみてぇな、とか思ったり。
あいつのが食欲なら、おれのこれもただの性欲なんだろうか。
今まで、特定の誰かに対して、こんな風に性的な欲求を持つことはなかった。
今まで数人に言い寄られ、何人かと付き合うも、そういう行為に及ぶ前に振られていたし、そもそも相手に対してあまりそういう欲求が湧かなかったというか。性欲はあったからオナニーはしてたけど、おかずが、肉食ケモ耳嬢に襲われるとかだったから……今になって思うと、トゥイークに好意を持つ要素は有ったのかもしれない。
それか、昔の、クレイグの記憶が深層心理とかにあったとか? でも、おれが見てる夢では未だにトゥイークは外殻を被ったままなんだよな。
セックス、羨ましいって思うけど、おれは本当のトゥイークを知ってるって思うとちょっと優越感もある。でも、いつかはクレイグだってトゥイークの本当の姿を見たんだろう。それが最後のときだったんじゃないかという気がする。
トゥイークが本当の姿を見せたとき、そのときに魂を奪われたんじゃないか? クレイグを信じたとき。
トゥイークがおれに獣の姿を見せたのは、もうおれが「天使」じゃないからだろうな。それがどういう方法であれ、おれに悪魔の魂を奪うような力はない。
……信用したからじゃない。おれに魂の在処を思い出させたかっただけだろ。ショック療法みたいなもん。
初めてあの姿を見たときは、おれだってトゥイークを「良くない者」だと思った。訳わかんない「契約」とかしてくるし。
でも、たいして害はないんだよな。教会の仕事手伝ってくれるし、日曜学校でもおれより子どもに懐かれてるし。生気吸われても、おれ自体に目に見えてダメージがあるわけじゃない。……気持ちいいし。
悪魔は……人を誘惑する。
でも、あいつに出会ってからおれは、あいつのために家庭菜園始めて、ボランティアやって、教会のアカウントのフォロワー数も増えたし、新しく礼拝に来てくれる人もいる。なにも悪くなっていない。
このままじゃダメなんだろうか。ずっとこうやって、家族として暮らしていったらだめなんだろうか。
最初のとき、トゥイークの魂を返せなければ、おれの魂を取るって言ってたけど、条件が揃わないと無理だとも言ってた。その条件ってなんだ? 条件が揃わなければ、おれが魂を取られることはないんだし、ずっと一緒にいられるんじゃないか?
クレイグはおれより前に何回か転生してるみたいだし、トゥイークの魂の件は、次の生まれ変わりに任せるんじゃだめかな。
でも、この四百年、あいつがおれを見つけられなかったのって、ウェンディが邪魔してたからって言ってたよな。タイミング的に、おれが捨てられたときから持ってたっていうロザリオになんかそういう力があったんかな。
今生では、おれが自分の意思であれを手放したけど、次にまたなにもかも忘れて生まれ変わって、あのロザリオを持たされてたら、トゥイークはおれを……クレイグの生まれ変わりを見つけることはできないのか……。
おれは、今生をトゥイークと一緒に居れたらそれでいいけど、おれが死んだら、トゥイークはまたずっとクレイグの生まれ変わりを探すんだろうか。それはどんな気持ちだろう。
おれが、トゥイークに魂を返すことができたら、もうそんなことしなくていい。けど、それって、おれのそばに居る必要がなくなるってことでもあるんだよな。
トゥイークは、今のおれをどう思ってるんだろう。なんとなく、好かれているような気がするんだが。
人間の感覚で言うと、キスしたり、体中舐めまわしたりって言うのは好きな相手じゃないとしなくねえ? あー、でも食料としての好きかもしれねえんだよな。いや、最近はそれ以上の気持ちがあるように感じる!
魂返しても、たぶんおれから離れたりせんだろ。むしろ、感謝されて、今より大事にされるのでは?
……夢の中のトゥイークがクレイグにするみたいに……?
クレイグは……なんで、あんなに優しく扱われてたのに、トゥイークを裏切ったんだろう。まあ、薄々は検討つくけど。
天使であるウェンディがどうやら、トゥイークの魂の返還を望んでないみたいだってことは、クレイグもそれと同じ理由だろう。おそらく、名前に読み方のないお方、もしくはそれに近いお方の意向で、トゥイークの魂を奪った。
……賭けだと、クレイグは言った。おれとトゥイークの上の方で交わされた賭けって、夢の中で。
四百年前のアメリカ。新大陸に渡った清教徒。こっち側は守護をつけたんだろう。あっちとこっちのパイの取り合い。
……クレイグ一人?
ウェンディはおれに思い出せって言うけど、ウェンディは? 賭けがどっちに転ぶかわからない状況で、守護が一人ってことはないんじゃないか?
と言うことを、永遠に続く犬のブラッシングの間に考えていた。
トゥイークはボランティアには付いてきてるけど、人目があると話しかけてこないので、考えごとをするには適している。
どうにかウェンディとサシで話せねえかな。トゥイークがおれに付いて来ないのは、早朝と夕方の水やりのときだ。
「ユメくん、ブラッシングもういいよー。終わんないだろー」
外間さんに声をかけられる。結局おれの呼び方はユメくんに落ち着いてしまった。
「あ、はい」
「犬をサークルに戻して床に落ちた毛、掃いといてー。それでもう今日は終わりでいいよー」
「わかりました」
おれが立ち上がろうとすると、外間さんに止められる。
「あ、ちょっと待って、その前に写真写真。きなこちゃんと、抜けた毛と一緒に」
「ああ、はい」
薄茶色の長毛の中型犬のきなこの横にしゃがみ直す。
なんか知らんけど、ボランティアに行くと必ず写真撮られる。他のボランティアさんはそんなに顔出しの写真はない。まあ、普通は嫌なのか。おれは教会のアピールになればいいかなってOKしちゃったけど。そして実際フォロワー増えたから、ずるずるOKしてしまっている。
きなこをサークルに戻して、箒を出して来て毛を集めて塵取りで取った後、ドライシートワイパーもかける。箒で掃いたあとでもまだ取れる。
犬の毛で溢れんばかりになったゴミ箱のゴミ袋を新しいのに変えて、外のゴミ捨て場に出して来て、今日のボランティアは終わり。
施設を出る前にトイレに行くと、もれなくトゥイークもついてくる。いつものようにキスをする。
トゥイークがおれの髪を撫でる。
「さっき、なに考えてたの?」
ギクリとして目を反らす。
. こいつは時たまおれの心を読むけど、四六時中読んでるわけじゃない。たぶん、目が合った状態で、こいつが読む気になったとき。それ以外は、生気の状態で大まかな感情を読んでいるだけ。
だから、おれがウェンディに接触しようとしている、とか細かいとこまではわからないはずだけど、もやもやしてんのは気づいてんだろうな。どうすっか。
「いや、最近、ないな、と思って」
別件のもやもやについて。ん? とトゥイークが首を傾げる。ほんとにわかんねえのか? とぼけてんのか?
「前は、おれが一人でするのにも不満そうだったじゃん」
とだけ言って、トゥイークを押しのけてトイレに入る。
「は? ちょっとっ!」
ドアの向こうからトゥイークの声がするけど、前に約束したから、もうドアを開けるようなことはしてこない。 用を足して、トイレから出ると、心なしかトゥイークがぎらぎらした目をしている。
「ねえ、さっきのって、つまりそういうこと?」
「知らん。おまえがなんのこと言ってんだかおれにはわかんねーもん」
トイレからそのまま玄関に向かう。
「あなただって言葉を濁しただろ。なにかして欲しいなら言いなよ」
トゥイークが後ろから纏わりついてくる。
「なんかして欲しいなんて、おまえに言えるわけないだろ。妙な契約に繋げられるかもしれないのに」
振り向かずに玄関のドアを開けて、原付に向かう。
賭けとか、取引とか、そういう打算的なことじゃなくて、ただ、求めてほしかっただけ。
……あー、やばい、本格的にやばい。ヘルメット被って、原付の向き変えたら、トゥイークがおれの肩に掴まる。いつものことなんだけど、今日はなんかもやもや、いや、むらむら、うーむ。
シートに乗って、エンジンをかけて出発する。何回かこうやって行き来してるうちに、トゥイークも原付の運転に合わせた体重移動とか羽根の使い方とかうまくなって、運転がだいぶ楽になってはきた。なんかそういう気遣いとかはする奴なんだよな。逆になんなんだよ!? おれのこと好きなんじゃねえの!?
教会の敷地に入って原付を停める。おれがボランティアから戻るのは、中学の下校の時間より遅いから、トゥイークは友だちの家に遊びに行っていることになっている。
おれが帰ったことは原付の音でわかるから、おれはそのまま帰宅するけど、トゥイークはしばらく獣の姿で居て、ちょっと時間差をつけて、外殻を纏って帰って来たフリをする。
夕食を食べ終わって、家庭菜園の水やりに出る。これには水嫌いのトゥイークはついて来ない。よし、周りに人いねえな。
「ウ、、ウェンディ、さん」
小声で呼んでみる。
「お呼びかしらー? なにか思い出せたのかなー?」
にょきっとウェンディが姿を現す。心臓に悪い。
「ぅ、思い出したって言うか、その、おれからの質問って答えて貰えるんですか? 擦り合わせしたいことあるんですけど」
おれが言うとウェンディは目を細める。
「前みたいな質問にはお答えしかねますがー?」
……前みたいな……、あ、ちんこついてるか聞いてしまったやつ。
「いや、違います、その節は失礼を……」
「まあ、内容如何って感じだから、言うだけ言ってみたら」
蔑むような目でウェンディが言う。うう、子どもの姿なのに怖い。
「そのぉ、四百年前? クレイグがトゥイークの魂を奪ったってときウェンディさん、アメリカに居ました?」
思い切って言うと、ウェンディがにぃっと口の端を上げた。目が笑ってない。
「それを、あいつじゃなくて、ちゃんとわたしに言いに来たのはほめてあげるよ」
こわ。
「あなたは、おれに、思い出したら教えろとは言うけど、思い出せとは言わないですよね」
「上の意向としては、審判の日まで、きみがなにも思い出さないでくれる方が都合がいいからね」
最後の審判……。なんかまた壮大な……。
「クレイグとあいつは、賭けの対象だったんでしょ。たぶん、どっちが落とすか、みたいな……」
「まあそうだね。アメリカには悪魔の方が先に目を付けていたから。あちらの公爵と、こちらの上の間でお互いの部下同士、どちらが魅了されるか賭けをした。わたしはまあ、審判役だよね。あっちはあっちで、少将を審判に立ててた。悪魔と天使は基本、相容れないから、自分と反発する魂に惹かれてしまったら……」
ウェンディは一旦口をすぼめて、顔の前で手を軽く握ると、声を出さずに、ぱくっと口を開けて、手をぱっと開いた。ボーン。爆発……。
いや、でも、トゥイークは生きてる。それにトゥイークはクレイグが「奪った」って言った。ウェンディのゼスチャーだと消滅するような感じだけど、前見た夢だと「封じた」とかなんとか。
「わたしが話せるのは一般論だから。自分のことは自分で思い出……されても困るんだけどな」
にやりと笑ってウェンディが言う。
「トゥイークの魂が戻ったら、ってことですか。今、あいつ弱ってるのに、魂が戻る前にとどめを刺したりはしないんですか?」
藪蛇になるかも知れないけど、一応聞いてみる。
「賭けは、一旦終わったからね。それ以外であっちの要員をこっちが殺したなんてことになったら、どんな難癖つけられるかわからない。あんな小者のために、全面戦争なんてシャレにならないでしょ」
なるほど。それでも、トゥイークの魂が戻るのは都合が悪いんだよな。トゥイークの魂が戻ったら、この前提は崩れるのか? ウェンディはそれを匂わせようとしている? はったりか?
「他に聞きたいことは?」
「今のところ、大丈夫、です」
おれが言うと、ウェンディは、そう? と首を傾げて消えた。消えたけど、見てるんだろうなあ。
とりあえず、水やりを始める。パッションフルーツ、そろそろ収穫できそう……。
収穫は、あった。あの夢、トゥイークしか出てこないけど、ウェンディも居た。あと、向こうの、なんだっけ、少将? トゥイークの上役? も居た、と。
反発する魂に惹かれたら、ボーン……。あれなんかひっかかるんだよな。
賭けの勝ち負けは、魂の「封印」で、ボーン……消滅、じゃない。敵対してるなら消滅で良くないか? 反発する魂……反物質、ボーン……対消滅。「惹かれる」と、ボーン、じゃない。「惹かれ合う」と、ボーンだ。
ドッドッドッ、と心音は大きくなるのに、気温もまだ高いのに、すうっと胸が冷たくなるような。ホースを持つ手の平に汗。
いや、おれはもう、人間だから……、ないだろ、ボーンは……。